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肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 15 +

last update Dernière mise à jour: 2025-05-18 20:20:59

「たしか、竜神さまが『雷』の集落を併合したことで、被害を食い止めたんだよね?」

 竜糸に暮らす人間は竜神がかつてどのようなことを行ったのか、ひととおり学習する。朱華も未晩とともに竜糸で生活しているあいだに、自然に竜神のことを覚えていったのだ。

 朱華の言葉に「ああ」と軽く頷き、夜澄はつづける。

「ただ、そのせいで竜頭は力尽き、湖に眠ることになった。眠りにつく前に彼は代理神の制度をつくり、俺を桜月夜と呼ばれる守人の総代に命じた。すでに俺の身体は幽鬼との戦いでボロボロだったから、竜頭は幽鬼に襲われて死んだ俺の部族の人間の肉体に俺の魂を入れ替えたんだ……その人間の名だ、夜澄というのは」

「そう、なんだ」

「竜頭にちからを譲り渡し人間の器に封じられた俺は雷神としてのちからは殆ど残されていない。五加護を扱うのも天から雷土を落とすのも楽じゃない。だが、そんな俺を面白がって時折天神がちょっかいを出してくる。竜頭に『雷』のちからを与えようが、あやつは小雷神でしかない、お前こそ真の雷神なのだ、裏緋寒の乙女を手に入れて雷蓮を再興させちまえ、とね……」

 とつぜん裏緋寒の乙女という言葉がでてきて、朱華は瞳を瞬かせる。いま、彼はとんでもないことを口にした。初めて朱華と逢ったあのときのように……

「そんな戯言真に受けるわけにもいかない。俺は竜頭に命を助けられたのだから、彼のための裏緋寒を自分が横取りしようとはもとより考えなかった。たしかに俺はもともとが土地神だからか、人間の身に魂を封じられても裏緋寒の乙女が誰か見ただけで判別できる。だから竜神が眠った竜糸を狙って幽鬼が襲ってくるたび、代理神に頼まれて竜頭のための花嫁を探してやった。だが、彼を目覚めさせることは未だに叶わない……あいつは熟女がすきだから」

 真面目なはなしをしているはずなのに、最後のひとことですべてが台無しになってしまった気がする。朱華は呆気にとられた表情で「そう、だね」とうんうん頷く。現に朱華を湯殿で見定めた竜頭は「こどもではないか」と一蹴したのだから。

「俺は三人の裏緋寒を選んだ。ひとりは水兎といい、彼女は当時の桜月夜、清雅……前世の記憶を持っている星河の前世だ……と禁じられ

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    「水兎」  物思いにふけっていたからか、星河に前世の名を呼ばれてしまった。雨鷺は慌てて顔をあげ、星河になんでもないと言い返す。「なんでもない? どうせ竜頭さまのことを思い出して溜め息でもついたのでしょう?」 星河は雨鷺が前世の恋人の生まれ変わりだと言って、自分が神殿へ連れられた頃から、なにかと雨鷺にちょっかいを出してくる。たしかに雨鷺は産まれた頃から竜頭に兎というふたつ名と御遣いとしてのちからを与えられているが、だからといって自分の前世が竜頭の棲む湖に沈められた裏緋寒の乙女だなどということは信じられないでいたのだ。 だが、代理神の大樹に乗り移って対話を行った際に、雨鷺はそれが真実であることを知ってしまった。そして、その記憶に囚われた前世を持つ青年、清雅(せいが)が、星河という名で生まれ変わっていたということも。 竜神の御使いが兎だという話は竜糸でも公にされていない。カイムの集落の神殿を管轄する北の神都、潤蕊(うるしべ)にははるかむかしに黒い蛇が御遣いとして崇められていたという記録が残されているが、いまや長い眠りについている竜神の傍に、御遣いは存在していないと大半の『雨』の民は考えている。 だが、竜頭は酔狂なことに花嫁という生贄として投げ込まれた少女をふたたび生まれ変わらせ、その身に御遣いのちからを宿させたのだ。通常、御遣いは魂のみの存在のため、人型に姿を転じてもかたちを長い時間保つことは難しい。だが、生身の肉体を持つ雨鷺に御遣いのちからを与えた竜頭は、彼女をふたたびこの世へ送りだした。  ――かつて禁断の恋に苦しんだ前世の恋人と、ふたたびやり直させるため。 「裏緋寒と桜月夜の恋は、禁忌とされていたけれど、御遣いと桜月夜の恋なら、なんの問題もなかろうに」 大樹の口でそう言って、竜頭は雨鷺と星河を引き合わせたのだ。「……竜頭さまが本格的に覚醒しても、星河さまは、わたしの傍にいてくださる?」 雨鷺が呟くと、星河は当り前ですときっぱり告げて、彼女の身体を抱きしめる。 「――あの、盛り上がっているところ、申し訳ないのですが」

  • 蛇と桜と朱華色の恋   肆 秘されし記憶に黄金の鍵 + 11 +

       * * *  神殿には代理神、桜月夜の守人を含めて二十人弱の神職者が入っている。竜神に仕える巫女や神官にとって代理神や桜月夜の存在は羨望と嫉妬の的になるため、ふだんは神殿の敷地内でも別々の場所で生活を送っている。  だが、時折一部の巫女が表緋寒や裏緋寒と呼ばれる女神術者に仕えるため、侍女として本殿へ入ることがある。竜神の声をきくことができる能力を持つ彼女に仕えることで、自分もまた持っているちからを開花させることが可能になるのだ。 雨鷺もはじめは巫女として神殿に入った。だが、竜神の声をきく表緋寒の代理神、里桜に気に入られたため、侍女となった。里桜には専属の侍女はおらず、日によって別の巫女が着替えの手伝いに入ったりすることもあったが、雨鷺が入ってからはそのようなことも少なくなった。 竜神の花嫁として迎えられた朱華の面倒をひとりでみることになってからは、別の巫女に里桜のことをお願いしていたが、彼女が闇鬼となって朱華を襲うという悲劇が起きたため、いまは侍女見習いという形で『雪』の巫女の氷辻を里桜の傍に置いている。彼女もまた、雨鷺のように幽鬼を一時的に退けるちからを持っているのだ。 だが、その氷辻が里桜のところから戻ってこない。  おまけに、朱華は湯あたりで倒れてしまった。湯殿からはなぜか夜澄が出てくるし、星河も何が何だかわからないようだ。「ほんとうなら今日の昼までに竜頭さまを覚醒させる儀式を執り行う予定だったというのに……」 すでに時間は夕刻。  今日中に竜神を起こすのは難しそうだ。  ぶちぶちと呟く雨鷺に、まぁまぁと宥める星河。「貴女の方に、竜頭さまからの連絡はないのですか」 「どうやら起きてはいらっしゃるみたいですが、本体が湖の底で眠ったままなので、意志疎通を図ることは無理みたいです」 申し訳なさそうに告げる雨鷺に、星河は気にしてないですよと笑って頷く。「竜神さまの御遣いである貴女がわからないことが、私にわかるわけがないじゃないですか」 「……たぶん、夜澄さまならわかってらっしゃるかと思います」 「でしょうね」

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     定められた寿命を捻じ曲げ、生命の終わったものを甦らせる。  それは、神であろうが許されない、不変の理。 雲桜が滅んだとき、無意識に朱華が施したのも、甦生(よみがえり)の禁術だったとされる。  朱華の場合、代償として茜桜とその御遣いがちからを奪われ、その隙に、幽鬼が侵入したことで、結果的に土地神とその御遣いは生命を落とした。  至高神は一連の出来事を傍観し、禁じられた術を使いながらも土地神に愛されたがゆえに生きのびた少女を、裏緋寒の乙女に定め、月の影のなりそこないの逆さ斎を番人として竜糸の地で暮らさせた。眠りつづける竜神の花嫁にするためだとばかり思っていたが……  もしかしたら、自分はひとつ思い違いをしていたのかもしれない。  ――いったい、彼女は”誰”を生き返らせたの?  きっとそれは、竜糸に因縁を持つ誰かに違いない。けれど、雲桜が滅んだとき、竜神は湖底で眠りつづけていた。それに、結果的には茜桜も彼女に折れたかたちで、甦生の禁術に協力している。幽鬼に侵略される危険性を知りながら、朱華が生き返らせることを花神は認めた。 生きつづけることを土地神に認められた人物。それは、カイムの集落を自由に行き来することのできる特別なちからを持つ者に限られる。たとえば、桜月夜のような…… 至高神なら、その人物を知っているに違いない。だから、彼女を竜糸の裏緋寒に選んで、その人物と再会させたのではなかろうか。そして、観察している。  至高神は見守ってなどいない、ただ、見ているだけ。  運命の悪戯に翻弄されつづける人間たちを?  ――いいえ、翻弄されているのは、幽鬼も神も、同じこと。  あたまに浮かんだ思考を退け、里桜は目の前で泣きじゃくる氷辻の手を握りながら、諭すように言葉を紡ぐ。 「甦生術は、莫大な代償が必要になる禁じられた秘術。神々でさえ大半のちからを失うというのに、大樹さまは、貴女を救うためにひとり、犠牲になることを選ばれたのね」  大樹の場合、自分自身を代償に、禁術を施したのだろう。

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